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東北地方から北海道にかけての平地では、年平均気温が5〜14℃で、ブナなどの落葉広葉樹林が繁茂しています。 西日本の常緑広葉樹林が、温暖化の進行につれて、落葉広葉樹林が繁茂している東北地方の方へ移動することになります。
その移動の速さが問題なのです。 温暖化にともなって、今後5年の間に、地球上の温度や降水分布が変化して気候帯が高緯度の方へ数百キロメートル程度も移動すると考えられています。
現在の年平均気温が約21℃の東北地方の南部の平地では、温暖化が進むと、21世紀の半ばには約15℃になって、約500キロメートル離れた現在の西日本の平地での気候になることが確実です。 森林の多くが追随できる変化の速さは、約1万年前に最終氷期から現在の後氷期に移行したときの花粉の変化から調べられていますが、それによると、ナラやカシなど速いもので5年当たり数キロメートル程度であり、ブナやカエデなどは数キロメートルです。
このように、気候帯の速さに比べると、樹木が北の方へ移動する速さは非常に遅いのです。 そのために、温暖化の進行にともなって、現在西日本に繁茂しているカシなどの常緑広葉樹林が、やむなく亜熱帯の気候で生育することになります。
また、現在の東北地方のブナなどが9州などの温暖な気候条件に遭遇することになります。 このような環境変化は、樹木の生育にとって大きい打撃となることは明らかです。
気候帯の移動の結果、今まで熱帯や亜熱帯に限られていた昆虫媒介やウイルス性の伝染病の発生が、温帯地方でも多くなることが心配されます。 ダニやマラリア蚊の媒介する病気の危険にさらされることも、温暖化の脅威の1つです。
人類は今まで、化石燃料などの天然資源をふんだんに消費し、その後始末について配慮しないで、文明を発展させてきましたが、これが地球の環境を汚しているのは明らかです。 二酸化炭素の最近の増加は、1968年に米国カリフォルニア大学.サンタ.バーバラ校の生物学教授のガレット.ハーディンが注目した「共有地の悲劇」の典型的な例になるのではないかと懸念されています。
共有地の悲劇とは、中世の牧畜では共有地の草を自由に利用できましたので、それぞれの牧夫は自己の利益を最大限に追求して、放牧する家畜の数を増やし、共有地の草を無制限に利用しました。 その結果、共有地の草が食いつくされてしまって、結局家畜は餓死してしまったことを指し、地域社会全体が見舞われた悲劇をいいます。

同じような悲劇が中央アジアで起こっています。 カザフスタン共和国とウズベキスタン共和国にまたがってアラル海と呼ばれる湖があります。
この湖は、1960年代まで面積が琵琶湖の百倍に近い世界で4番目に大きいものでしたが、1987年には水位が13メートルも低下し、面積も減って3年前の60%になってしまいました。 もともと、この湖の水の塩分は海水の4分の1くらいで淡水魚が豊富に生息していましたが、最近の塩分は海水に近くなったので、以前生息していた生物はすべて死滅してしまいました。
以前湖岸に設置された缶詰工場では、アラル海の魚を入手できなくなりました。 そのために、現在では、太平洋で獲れた魚をはるばるシベリア鉄道により輸送して操業せざるを得なくなっています。
この湖には、ヒンドークシ、ハミール高原や天山山脈の氷河の融雪水が流入していますが、この水が外へ流出しない内陸閉鎖湖なのです。 1960年代のフルシチョフ時代に、この湖に流入する川の水を潅概用水とする大規模な開発が行なわれ、日本の全国土に近い面積の砂漠が農地に変えられました。
この計画は当初大成功かと見られたのですが、やがて2つの致命的な障害が起こりました。 「共有地の悲劇」は、局地的な大気汚染、酸性雨、オゾン層の破壊、森林破壊など、多くの局面で認められます。
特に、二酸化炭素の増加は、地球全体を取り返しのつかない状況に陥れるので、二酸化炭素の排出を抑制して「共有地の悲劇」を避けることは、世界全体の責任です。 われわれは個人として、「消費は美徳だ」というライフスタイルを脱却し、リサイクルなどによって「共有地の牧草」の荒廃を防がねばなりません。
社会経済の問題としては、省エネルギーや新エネルギーの技術開発の他に、社会経済システムの改変が不可欠です。 京都大学経済研究所の佐和隆光所長が提唱しているように、「大量生産.大量消費.大量廃棄の2世紀型文明から転換して、21世紀の文明は、適正消費.最小廃棄.リサイクル.省エネルギー.製品の長寿化などを折り込んだ『メタポリズム1つの障害はアラル海の縮小です。
本来この湖に流入するはずの水を途中で潅概用水としてカットしたために起こりました。 もう1つの障害は、農耕にともない地下の塩分が地表面に集まったために、農地の塩分が異常に濃くなって農作物が生育しなくなったことです。

この「アラル海の悲劇」は、環境への影響を見過ごして当面の利益のみを追求したために起こったことで、カザフスタン共和国やウズベキスタン共和国の人々が意をしないで招いた「共有地の悲劇」です。 経済活動が環境と無関係ではないことは、現在では常識となっています。
世界経済が急成長してきた今世紀前半まで、「経済活動は自然資源を活用しているけれども、自然環境とは無関係だ」というのが、伝統的な経済学の基本的な認識(.ハラダイム)でした。 天然資源が無限にあり、また、資源利用の際に生じた廃棄物の処理場所も、難なく見つけられることを前提としていました。
このパラダイムに対する批判の先駆けとなったのが、1962年に米国のレイチェル.カーソン女史が出版した『沈黙の春』でした。 DDTなどの合成殺虫剤が人間の健康を害することを述べたものですが、契機として、経済が環境問題と密接に関連していることが認識されるようになってきました。
それでも、環境破壊が起こっている証拠が示されているにもかかわらず、伝統的な経済の立場から脱却しないで、利益優先を目指して自然資源を利用することが途絶えませんでした。 環境と経済との密接な関係を国際的に認めたのが、1972年にストックホルムで開かれた国連人間環境会議です。
この会議では、自然環境についての国際協力を進めるための勧告が採択されました。 この勧告を受けて、1972年の国連総会は、国連環境計画(UNEP)の設立を決議して、国連は環境問題に積極的に取り組むこととなりました。
1972年にローマ.クラブは『成長の限界』と題する研究成果を発表しました。 ローマ.クラブは、イタリアのフィアット社やオリベッティー社の副社長をしたことのあるオーレリオ.ペッチェイを中心にして1970年にできた民間団体です。

ペッチェイは企業家として活躍しながら、地球の将来にかねてから危倶の念を抱いていました。 ローマ.クラブには、日本からも外務大臣を務めた故大来佐武郎氏らが参加していました。
O来佐武郎氏は、「地球環境関西フォーラム」の1991年の会合で『成長の限界』の発表の経緯を述べています。 それによると、ローマ.クラブは、ドイツのフォルクスワーゲン基金からの財政的援助を受けて、米国のマサチューセッッエ科大学(MIT)の若手の研究者グル当時28歳の新進気鋭の学者デニス・メドーズを中心とした。

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